「いよい・・・しょっと!」 私は引っ張ってきた屋台を止めて空を見上げる。 初夏の夜空はけだるい暑さを含みながらも美しく輝いていた。 遠くを見れば集落の明かり。 そして周りに虫たちの小さな明かり。 心地よく風が吹く。 「よし決めた!今日はここっ!」 そうと決めればすぐ実行。 屋台に詰め込んだ椅子を手早く下ろし、背が少し足りない位置にあるのれんは羽で少しだけ飛んで引っ掛ける。 箱に詰めておいた皿をだして調理場の脇へ。 材料の仕込みは動き出す前に済ませてあるし、あとは油を温めてお客さんがきたら揚げて出すだけ。 最後に提灯にほのかに灯りをともして… 程よく色づいた串揚げが明かりの下でおどり。 串揚げで熱くなった体に氷で冷やした日本酒を添えて。 今日も夜明けまでお客と話題の絶えない夜を。 「さー、今日もがんばってくよ!」 幻想郷の夜闇に今日もひととき灯る赤い星。 それが私の店、「居酒屋みすちー」。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「こんばんはー。あ、もう始めちゃってますね」 「はじめてるよー。何にする?」 「じゃあまずはお酒一本!あといつもの串揚げ2つ!」 そういいながらのれんをくぐってきたのは天狗の文さん。脇にはいつもどおりにカメラを持っている。 新聞を書いてるとかでいつだったか取材に来たとき私がお世話になったらしいんだけど・・・ 「正直、新聞読まないし。油を吸うのはうれしいけどね……」 「何か言いました?」 「ん?何のこと?」 もはや常連となった文さんの『いつもの』、八目鰻と野菜串のセットを乗せて前に出す。 八目鰻は程よい脂具合できれいに揚がっていた。 「あれ?今日は普通に八目鰻なんですね」 「人聞き悪いこと言わないでよね!いつだって新鮮な八目鰻なんだから!」 「その割には先週来たときには八目鰻じゃなくてドジョウでしたよね?」 「むー・・・・・・・・・そんなこと言ってるとお酒あげないよ?」 一升瓶を取り上げてひっこめるしぐさをすると不意に文さんがそれを止めた。 「あ、今日はそのお酒じゃなくて向こうのやつ。」 「え?これ?」 指差した先の氷水に浸かっているお酒には「吟醸」と書かれている。すごくおいしい代わりに仕入れの値段はかなり高い。 だからいつもは浸けておいても出るのはまれなんだけど……… 「いつもは『いいことがあったら頼みますよ』としか言わないのにどうしたの?」 「ふふふふふ・・・その『いいこと』があったんですよ今日は。」 文さんはかなり上機嫌だ。笑みも浮かんでいる。 「文さん、今日は上機嫌ですね。」 「顔に出ちゃってますか?でもそれだけいいことだったんですよ!だから乾杯しましょう、乾杯!」 キンキンに冷えた日本酒をぐい飲みに入れて差し出すと文さんは体を乗り出して屋台の棚からぐい飲みをさらに2つ取り出す。 両方に注ぎおえると片方を隣の席においてもう片方を私に差し出してきた。 まだお酒が入っていないのにかなりのハイテンションになっている。 「あの人もそろそろくるころかな。ほら、みすちーさんも持って!」 「え?私もですか?」 「そう!今日は私のおごりですから!」 「そんなこと言ってあとから『お金がないからツケといて』ってのはナシですよ?」 「大丈夫!ほら、ちゃんとありますよ」 「うわぁ・・・」 懐からちらっと見せたのは数枚の十円札。ふだんのわたしからするとけっこうな大金だ。これだけの金額があったらわたしなら一ヶ月はくらせそうだ。 「今日の私は一味違いますよ?」 えっへん、と文さんが胸をはっていると 『ま〜たまたそんなこと言っちゃって〜。たまたま通りかかったから最初から最後まで見てたけど取材っていうか潜入じゃないのさ〜。』 「!」 夜闇の奥から声が残響のように聞こえてきた。しかし、姿はない。 「あちゃ〜。見られてましたか。」 ばつの悪そうな顔をする文さん。文さんがこんな顔をする相手は幻想郷でもそうそう居ない。 気づけば屋台の周りには濃い霧が立ち込め始めていた。そんな中声はまだ響く。 『あ、お酒用意してある〜。気が利くね〜。』 「そろそろくるころだと思って用意しておきましたよ。まあ一杯呑みませんか?今日はわたしのおごりですよ。」 「え?おごり?じゃあ遠慮なくっ!」 その声と同時に霧が一点へと向かって一気に凝縮を開始する。 凝縮の先は文さんが座る椅子の隣辺り。 霧はさらに凝縮を続けやがてひとつの型を作り出す。 手が。 脚が。 そして体と顔が現れる。 その頭には角が。 それらが夢から現へと変化をとげて・・・ 「天が呼ぶ!」 「地が呼ぶ!」 「人が呼ぶ!」 「酒を呑めよと私を呼ぶ!」 「伊吹萃香、ただいま参上〜!」 この屋台のもう一人の常連、萃香さんが現れた。 萃香さんは文さんに紹介されて訪れてからの常連さん。 いつも酔ってるのにここへ来るとさらにお酒をぐいぐい呑んでいく。 萃香さんがいうことには「ここのお酒は別腹なのさ〜」とのことだけど・・・お酒はお酒だし、おなかに入ったら一緒じゃないのかな、とか思ってしまう。 「みすちーおひさー。元気してた?」 「おかげさまで。歌さえ歌わせてくれればもっと元気になりますよ?」 「それはダメ。おいしいお酒を呑んでるのが不味くなっちゃうからねえ。」 「ひっどいなぁ。こんなにいい歌なのに〜」 「“ちくおんき”って機械が香霖堂に入ったんだけど知ってる?声を円盤に封じ込めていつでも聞けるようにするんだよ。 いっそのことみすちーも円盤に封印されてみたら?」 「そんなこという人には串揚げもお酒もあげないんだから!」 「わたし人じゃなくて鬼だよ?だからお酒も串揚げもいただきね〜」 「むきー!」 「まあまあ。せっかくのお酒の席なんですし、楽しく呑みましょうよ。」 ヒートアップしかけていたわたしたちを文さんがいさめる。 「・・・・・・確かにお酒の呑み頃を逃すのはもったいないや。よーし、今日は楽しく呑もうかな!」 「なんか釈然としないけどその意見には賛成かな。お酒は楽しく呑まないとね。」 「そうですよ?だから今夜は私のスクープとこれからの発行部数増に・・・」 「えー?それって何か違うんじゃない?やっぱここは『偉大なわたしに』乾杯がいいんじゃない?」 「それもなんか違うような気がする〜。」 「じゃあみすちーならなんていうのさ?」 「あ、それは私も興味ありますねー。」 「うーん・・・じゃあ『おいしいお酒と今夜も酔いどれる私たちに』乾杯ってのは?」 「いいねそれ!みすちートリ頭だと思ってたけどなかなかやるじゃん!」 「それほめてない!」 「まあまあ。でもそれいいですね。んじゃ乾杯しますか。」 「おいしいお酒と・・・」 「今夜も酔いどれる私たちに・・・」 「かんぱーい!」 3人のぐい飲みが夜闇でちん、と鳴った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「はい、串盛り合わせ一皿ね。」 乾杯のあとの一本目が終わったところで皿に用意しておいた萃香さんの『いつもの』、串揚げなんでも盛り合わせ特盛を前に出す。 野菜串に鰻串、ちょっぴりドジョウ串も混ぜ合わさったボリュームたっぷりの盛り合わせだ。 「さんきゅーみすちー!やっぱりこれくらいお皿にないと食べた気がしないんだよねー。」 「これくらい・・・って人間でもこれだけは食べないよ?」 「人間は人間!私は私!たくさんのエネルギーとお酒を糧に私は成長するの!」 その言葉に反応したのか文さんがじーっと萃香さんを見つめている。ひとしきり眺めたところで今度は私のほうへ視線を向けてきた。 「どうしたの?」 「ん?なんか天狗が変なことしてたの?」 「な、な、なんでもないですよ?」 「でも萃香さんのほうじーっと見てましたよ?」 「怪しいなぁ……正直に言わないと・・・怒っちゃうよ?」 萃香さんが軽い感じで拳をにぎる。 「わかりましたわかりました!白状しますよ。」 「そうそう。最初からそうすればいいの。」 「でも言ったからって、怒らないで下さいよ?」 「内容にもよるけど。まあ・・・今回は怒らないであげようかな。」 「それじゃ言いますけど・・・」 文さんの次の言葉に二人で耳を傾ける。 「萃香さんってそれだけ食べてるのに、胸とかあんまり成長してないなー、って。」 「!」 萃香さんの動きが止まる。 「・・・・・・・・・!」 うつむいていた萃香さんが顔をあげる。しかし、怒りの表情ではない。 「あはははは・・・あはははははははは!」 あ。 やばっ。 萃香さん壊れてる。 そのまま萃香さんは文さんの肩をバンバン叩きだした。 「あはははは!文ちゃーん、私おトイレ行きたくなったんだけどついてきてくれないかなぁ〜?」 「いや・・・私はまだいいですよ?いいですって!」 「そんなこといわないでさー!あはははは〜! い!こ!う!よぉ〜!」 「ちょっ・・・私まだ・・・・・・ていうかさっき怒らないって言ったじゃないですか〜」 「あははははは!何のこと?酔ってるからわからないや〜」 「わっ!たっ、たすけてみすちー!」 「さーいくよ〜あ〜やちゃ〜ん♪」 萃香さんはそのまま文さんを引きずって森の奥へと歩き出す。そしてしばらくして・・・ 「みぎにゃぁ〜〜〜〜〜っ!」 声とも悲鳴ともつかない音が夜の森にこだました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「正直スイマセンデシタ・・・」 「うむ。わかればよろしい〜。そういうわけでみすちー、もう一皿追加〜。あとお酒一本つけて〜。」 横でボロボロになった文さんを尻目に、萃香さんはさらに注文を重ねていく。よく見ると文さんの首には『私は出歯亀娘です』という札がぶら下げられている。 さっきの間に一体何があったかは聞かないでおいたほうがいいっぽい。 聞いたらたぶん自分もああなっちゃいそうだし。 「はい、盛り合わせふた皿目ね。お酒は・・・って吟醸はきれちゃった。普通のでもいい?」 「問題なーし。早くまわして〜」 冷水に浸かっていた日本酒を注いで渡すと萃香さんはぐいぐいと飲み干していく。入っていた酒の瓶にはなにやら危険な言葉が書いてあるんだけど・・・・ 「ぷっはぁぁぁぁ〜〜!やっぱ冷えたお酒は身にしみるねぇ〜。」 「萃香さんそれ『超ウルトラ☆鬼殺し』と書いてあるけど?」 「え?鬼殺し?こんなお酒で鬼が死ぬわけないよ。逆にすきっとしててすんごくおいしいよ〜。そういうわけでもう一杯〜」 どうやら名前だけでちっとも殺せそうにないみたい。 「そういえばさ、こうやってお酒注いでは呑んでるわけだけど・・・お酒ってどうやって作るんだろうね?」 不意に萃香さんが今日何杯目から分からないお酒を呑みながら話しだした。 「そういわれてみればそうだよね。わたしもこの屋台の仕入れでけっこうお酒呑むんだけどそこは考えたことなかったなぁ。」 「でしょ?不思議だよねぇ。」 「ふっふっふ・・・お教えしましょうか?」 先ほどまで沈黙を保っていた文さんが急に口を出す。 「出歯亀好きの天狗はやっぱり知ってるのね。で、どうするわけ?」 「出歯亀っていうのは勘弁してくださいよ・・・で、作り方ですけど。米を蒸したのに水と少しのカビをくわえて作るんですよ。」 「カビぃ?カビなんか入れたら腐るんじゃないの?」 「納豆作るのと同じ原理ですよ。腐敗ではなくうまく調節して発酵に持っていくんです。」 「ふんふん。それで?」 「米と水とカビだけじゃなかなかすぐには発酵してくれないのでちょっと手を加えるんですよ。」 「かきまぜるとか?」 「かき混ぜるのはもちろんしますが…もう一工夫が。」 「どんなのさ〜。じらさないで教えてちょうだいよ〜。」 じれったいのが嫌いなのか萃香さんがせかす。文さんは余裕たっぷりに話を続けだした。 「お酒が発酵しやすいように成分が分解した米を入れるんですが、そのお米がなんと、巫女が噛んでつばの混じった米を入れるっていうんですよ。」 「巫女?ってあの巫女?」 「巫女っていったら・・・アレだよねえ。」 『巫女』と聞いて私はすぐに博麗神社の巫女、博麗霊夢を思い出した。巫女といえば彼女以外には考えられない。 「てことはこのお酒は霊夢の噛んだ米でできてるっての?」 萃香さんが私が言うより先に言葉を出す。やっぱり同じことを思っていたみたい。文さんが話を続ける。 「いや、最近はこんなやりかたはしてないみたいですよ。ちゃんと温度を調節してお酒を造るみたいです。」 「なんだぁ。びっくりしたなぁ。」 「でもそういうので作ってたらおもしろそうだよね。」 「面白い、っていうか違った意味で大人気になりそうですよね?」 「それはあるかもー。」 「買う人いっぱいいるんだろうなぁ。香霖堂の店主とか、紅魔館の吸血鬼とか。メイドに買出しさせそうだよね。」 「ひょっとしたら白黒も買うかもしれませんよ?『別に霊夢のだから呑むわけじゃないぜ?呑む酒がないから買っただけだぜ』とか言い訳しそう!」 「あーあるあるある!絶対ありそう!」 「あー、どうせだったらこのお酒がそういうつくりだったら面白かったのになー。」 「じゃあ気分だけでもそういうことにして乾杯しませんか?」 「いいねいいね!」 三人がぐい飲みを上に掲げる。 「酔狂な巫女の酒と、それを呑む酔狂な私たちに・・・」 「かんぱーい!」 丑三つ時をこえて月が傾きだした空の下、ふたたび私たちのぐい飲みはひとつになった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「んじゃ、そろそろ帰るかねぇ。」 「そうですね、もう夜もふけてきましたし私もそろそろ帰ることにします。みすちーさんお会計お願いしますねー」 二人が椅子からゆっくりと腰をあげる。 「こっちもお願い〜」 「あ、いいですよ。今日は私がもちますよ」 財布を取り出した萃香さんを文さんが止める。 「え?いいの?悪いね〜。」 「いえいえ・・・天狗は鬼にはかないませんから。」 「またまた〜。天狗ってのは本当に口がうまいんだなぁ〜」 「それほどでもないですよー。それにですね・・・」 話はまだ続くみたいだ。ちょうど支払いが一本になったので伝票もひとつにまとめてわたしは足し算を続ける。 「うわぁ・・・もうお酒も串もないや・・・・えっと、これとこれとこれで・・・四円三十銭。食べすぎじゃない?」 「そんなことないですよ。次の取材への活力ですよ?それじゃあこれでお願いしますね。」 そういいながら文さんは十円札を手渡してくる。 「え?お、おつりが出ないんだけど・・・」 「いいですよ。とっといてください」 「え?え?いいの?」 「とっとけばいいじゃん。せっかくなんだし。」 「ん・・・じゃあ・・・・もらっとくね。」 「それじゃあ、また近いうちにきますねー」 「ごちそ〜さ〜ん。じゃ〜ね〜」 萃香さんが来たときのように静かに霧になって消えていく。文さんもカメラを持つとふわり、と浮かび上がる。 そういえば、なにか忘れてるような・・・ 「あ、最後に聞いとかなきゃ。」 わたしは行こうとする文さんを呼び止める。 「そういえば、結局喜んでた理由って何だったの?」 その質問に文さんはにこりと笑って答える。 「とってもいい記事を取材したんですよ。」 「え?記事?」 「そう、記事ですよー。『スクープ!永遠亭の偽造紙幣工房発見!』っていう見出しで次回の新聞に使うんです。それじゃぁまた〜。」 「そうなんだ・・・って偽造?・・・え?え?あーーーーーっ!」 気づいたときにはもう遅かった。 二人が食べたあとの山のような皿と串、 ほとんど空になってしまった吟醸の瓶。・ 「今度来たら全部払ってもらうからー!覚えてろーっ!」 文さんが飛び去ったあとの風とわたしのむなしい声。 そして手に握られた偽の十円札が白みかけた幻想郷の空の下に残っていた。 <終>